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依頼に応えるだけの仕事への疑問…世界的デザイナーは「組織と自分」をどう考えたか
THE 21 ONLINE 2021/05/27au/KDDIの携帯電話「INFOBAR」や無印良品の「壁掛式CDプレーヤー」など、多数の作品やブランドを手がけ、アームチェア「HIROSHIMA」が米国アップル社に大量採用されたことも話題となった深澤直人氏。そのデザインを生んだ転機とは?(取材・構成:塚田有香)
※本稿は『THE21』2021年5月号より一部抜粋・編集したものです。
米国で評価された「日本のキャリア」
プロダクトデザイナーとしての自分のキャリアを振り返ると、大きく三つの段階に分かれます。第1段階は、美大卒業後に就職した日本の電子機器メーカーで、企業に所属しながら働いた時期。ここで産業デザインの基本を実践で学びました。
第2段階は米国に渡り、デザインコンサルティング会社で仕事をした時期です。デザインの概念は海外から入ってきたものですから、自分もその本場でやってみたい。30代を迎える頃に、その思いが強くなりました。
世界で名を知られたいくつかのデザイン会社に、自分の作品をまとめたポートフォリオを持ち込み、カリフォルニアにあるデザインコンサルティング会社ID Two(現・IDEO)に入社が決まりました。
現在では「デザイン思考」を世に広めた会社として知られますが、私が入社したのは創業から間もない頃。米国ではシリコンバレー発の産業が急成長を遂げていて、次々とIT関連の仕事が舞い込みました。
ここで思いがけず、私の日本時代のキャリアが高く評価されました。メーカー時代に様々なデジタル製品の開発に携わり、中にはスマートフォンの原型とも言えるデバイスをデザインしたこともあったのですが、シリコンバレーの人たちにそれらを見せたところ、「これまでにない新しいインターフェースだ!」とびっくりされたのです。